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| 無修正規制の歴史 |
無修正というものに男性陣は、きっと昔から興味を抱いていたのでは、ないでしょうか。では、いったいいつにどんな修正に関する規制がっされていたのか、調べてみましたので記載させていただきます。わかりやすく年度別にまとめてみました。その時代はどんな時代で流行ったものなど、時代背景も一緒に表にしていますのでよりわかりやすく、お楽しみいただきながら読んでいただけると思います。
| 1991年 |
| 規制 |
*この年の2月に樋口可南子写真集が発売。その写真集の中にヘアが写った写真が数点ありました。しかし、警察はそれらを指摘することなく黙認していたようです。
*そしてこの年の秋に宮沢りえのヘアヌード写真集が発売されました。この事実をきっかけに事実上の「ヘア解禁」となったのです。 |
| どのような時代だったか |
1991年、この年に今や様々なマルチメディアで活躍している超人気アイドルグループのSMAPがCDデビューを果たしました。流行語では「101回目のプロポーズ」の名場面での「僕はしにましぇ〜ん」や将来のエコ問題を考えた「地球にやさしい」が選ばれた年でもありました。 |
| 1992年 |
| 規制 |
*雑誌である「宝島」が一般紙としてはじめてヘアヌード写真を掲載しました。
*その後、雑誌・週刊誌等の一般紙でもヘアヌードによるグラビアが一般化していきました。
*雑誌等、本に関しては、ヘアを容認する風潮なのにも関わらずビデ論(レンタルAVを審査していた団体)は、ヘアが露出した作品は通さず厳禁のまま厳しく規制を行っていました。 |
| どのような時代だったか |
1992年の流行語大賞には、アメリカのドラマで日本でも莫大な人気を誇った「ツインピークス」や長寿の双子のきんさんぎんさんの「うれしいような、かなしいような」「はだかのおつきあい」などが選ばれた時代でした。毛利衛さんが宇宙へ行った年で、子供たちに夢を与えてくれました。 |
| 1993年 |
| 規制 |
*雑誌である「宝島」が一般紙としてはじめてヘアヌード写真を掲載しました。
*その後、雑誌・週刊誌等の一般紙でもヘアヌードによるグラビアが一般化していきました。
*雑誌等、本に関しては、ヘアを容認する風潮なのにも関わらずビデ論(レンタルAVを審査していた団体)は、ヘアが露出した作品は通さず厳禁のまま厳しく規制を行っていました。 |
| どのような時代だったか |
この年は、サッカー日本代表が惜しくもWカップを逃してしまった「ドーハの悲劇」があった年です。そして、あの有名な名曲、ZARDの「負けないで」が発売された年で、流行語ではダチョウ倶楽部の「聞いてないよォ!」が選ばれました。 |
| 1994年 |
| 規制 |
*自主規制によってヘア露出のAVビデオなどが発売開始され、セルビデオチェーンである「ビデオ安売王」が発足されました。
*ビデ論の協会に対してビデ論の加盟メーカーは、AVによるヘア解禁を要請しましたが、協会側はその希望を退け拒否をし続けました。 |
| どのような時代だったか |
世間を震撼させたオウム真理教による松本サリン事件が起こってしまった年です。そして、ゲーム機の革命児でもあるプレイステーションやセガサターンが発売した年でもありました。流行語では、あの名作ドラマ家なき子から「同情するならカネをくれ」が選ばれました。 |
| 1995年 |
| 規制 |
*高橋がなり氏によって今や、インディーズ系のアダルトビデオ企業では代表格で売り上げもトップレベルを誇るソフト・オン・デマンド(通称:SOD)が発足されました。
*数々の話題を呼んだ「ビデオ安売王」の会長である佐藤太治が詐欺事件で逮捕されたのと経営不振から辞任しました。 |
| どのような時代だったか |
この年は1月に阪神大震災があり、3月には地下鉄サリン事件と大きな印象に残りました。そしてマイクロソフト社からwindows95が発売され、一般家庭でのインターネットが普及され始めました。流行語大賞ではないのですが「ああ言えば上佑」などのオウム語なるものが流行っていました。 |
| 1996年 |
| 規制 |
*不渡りを出してしまい「ビデオ安売王」が倒産することになってしまいました。
*しかし、「ビデオ安売王」が作ったセルビデオ店(公証1000件近くある)などを中心にインディーズのAVビデオが活性化していきました。
*その一方で初のインディーズAVの審査団体であるメディア倫理協会(通称:メディ倫)が設立されました。
*メディ倫は、SODなどを中心にインディーズAV関連の中心的な倫理機関となっていきました。 |
| どのような時代だったか |
携帯電話やPHSの普及率がぐっと増えたこの年は、任天堂からNINTENDO64が発売されました。そしてプリクラや安室奈美恵を真似た「アムラー」が急増しました。ルーズソックスも人気になりそれによってコギャルが注目を集めました。そして猿岩石も流行ってましたねー。 |
| 1997年 |
| 規制 |
*爆発的な大人気シリーズであった「すけべっ子倶楽部」が薄モザイクAVということで製作者が逮捕されてしまいました。
*この逮捕により「すけべっ子倶楽部」は、表の作品と言う扱いだったのが、今は裏と呼ばれる部類になりつつあるようです。
*これにりインディーズAVモザイクの基準「ココまではOK」「ここからは駄目」などというようなものが決まりました。
*小室友里など人気AV女優が出演していた大人気の極薄モザイクAVシリーズ「ルームサービス」の発売が開始されました。。 |
| どのような時代だったか |
たまごっちが爆発的な人気だったこの年はエヴァンゲリオンブームでもありました。そしてこの年のポケットモンスターの第38話を見ていた人たちが映像に使われていたパカパカによりてんかん発症してしまう「ポケモンショック」が問題になりました。そしてプレイステーションより、ファイナルファンタジーZが発売され、衝撃が走り、プレイステーションの起爆剤となりました。 |
| 2000年 |
| 規制 |
*自由にモザイクの範囲を決められるデジタルモザイク「ミニモ」の使用作品がエイチエス映像より発売されました。これまでは丸型や四角型で修正範囲を決めていたので、それらにこだわらず範囲を決められるのはこれがはじめてだったようです。
*「Future」という全タイトルデジタルモザイクと言うのを謳っているAVメーカーが発足されました。
*この年から大手メーカー各社でもデジタルモザイク傾向が強くなりどんどん普及していきました。。 |
| どのような時代だったか |
まさに世紀末のこの年は、年明け早々2000年問題が注目を集めましたが、何の問題もなく安心しました。この年から成人の日などが月曜日に固定されハッピーマンデーが導入されました。「おっはー」が流行語だったこの年からユニクロの流行も広がって行きました。 |
| 2001年 |
| 規制 |
*ビデ倫に次ぐ新審査団体「全日本ビデオ倫理審査会」が桃太郎映像を中心に設立しました。
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| どのような時代だったか |
21世紀最初の年になるこの年に、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが大阪で開業、そしてディズニーリゾートでもディズニーシーが開業しました。そして全世界が震撼し記憶に残ったアメリカ同時多発テロがありました。 |
| 2003年 |
| 規制 |
*AVメーカの組織としてははじめての国認定の新審査団体「ビジュアルソフト・コンテンツ産業協同組合」(通称:VSIC)が設立されました。
*ビデ倫のメーカーであったマルクス兄弟がビデ倫から脱退してしまいました。
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| どのような時代だったか |
任天堂ファミリーコンピューターが発売20周年を迎えたこの年は、SARSが流行り、海外旅行等に多大な影響が及んだり、ジェイフォンがボーダフォンへとブランド変更しました。また、地上デジタルハイビジョン(通称:地デジ)が各都市で放送開始となりました。 |
| 2004年 |
| 規制 |
*老舗メーカーであったV&Rプランニングがこの年にビデ倫を脱退することとなりました。その後SODグループ入りを果たしたのです。
*ビデ倫を脱退した、大手単体メーカーであるトライハートコーポレーションでは、前年に審査組織となったVSICによるAV審査を受けAV販売を成し遂げました
*そして「おちんちん入れちゃうセルメーカー」のキャッチコピーで当初注目を集め、現在も人気が根強いAVメーカーであるエスワンが発足しました。エスワンは人気女優と「ギリギリモザイク」で超爆発的な人気を得ました。(通称:ギリモザシリーズ)
*それを受け、他社も追随して、「○○モザイク」の言葉を使用し続々とリリースが行われてきました。
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| どのような時代だったか |
アテネオリンピックが開催されたこの年は、水泳の代表選手である北島康介選手の「チョー気持ちいい!」の言葉で話題を集め流行語大賞を受賞しました。また、NHKの大河ドラマの影響から新撰組が流行りました。そして冬のソナタの影響によりヨン様、韓流ブームとなりおば様方は燃え上がりました。 |
| 2005年 |
| 規制 |
*ビデ倫によって、性行為が行われるシーン以外でのヘア露出等の緩和やモザイクのサイズが縮小するなどのモザイク基準が刷新されました。
*また、新たなる審査団体が発足されました。「日本映像ソフト製作・販売倫理機構」というもので、老舗メーカーであるクリスタル映像を脱退後こちらに加盟しました。
*定点自動追跡モザイクシステムの「デジエモン」の開発にSODアートワークスは成功しました。それ以降の作品にはほとんどに、このデジエモン(通称:デジモ)処理が行われるようになりました。
*メディ倫が法人化のために改名し「コンテンツ・ソフト協同組合」へと改称しました。
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| どのような時代だったか |
エロ可愛いファッションが流行したこの年の流行語は「小泉劇場」その名の通り本当に小泉劇場でしたよね!そして愛知万博が行われたのもこの年でした。 |
| 2006年 |
| 規制 |
*デジタルモザイク処理の激戦激化の年となりました。
*大手セルメーカーである桃太郎映像が新消し技術「momotaro original effect」略して「MOE」が開発されました。ちなみにMOEは、もちろん性器用に開発されましたが、どちらかと言うと女性器用らしいのです。今までのモザイクと違う点は、今までのモザイクは2Dで表面的なものだったのですが、立体的なモザイクになり、よりデジタル化されたと言ってもいいものでしょう。
*一方でビデ倫がついにヘア&アナルに対してのモザイクを解禁しました。
*しかし、ビデ倫が出したモザイクの新基準に対してビデオショップ側が反発するような形になりました。販売店などを中心とした組織であるセルメディアネットワーク協会からビデ倫に抗議がされ、その後ビデ倫はモザイクの基準を元に戻しました。 |
| どのような時代だったか |
郵政民営化に伴い、日本郵政株式会社が発足したこの年は、トリノオリンピックが開催された年で、フィギアスケートの代表の荒川静香選手が見事なまでの華麗な演技を披露して見事金メダルを勝ち取りました。そしてFIFAワールドカップドイツ大会が行われ、世界でもっとも有名な日本人と言われているMFの中田英寿が引退も表明した年にもなります。 |
| 2007年 |
| 規制 |
*VSICによってムーディーズやエスワンなどの大手メーカーの審査が開始されました。
*今まで、審査を行ってきたビデ倫がわいせつ物頒布ほう助容疑で家宅捜索を受けることになりました。
*アットワンコミュニケーション、h.m.pから発売された作品がモザイク基準に達しないまま発売されてしまい、2社ともビデ倫同様家宅捜索を受けました。
*また、それらを見逃したとしてビデ倫は悪質と判断されてしまいました。 |
| どのような時代だったか |
2006年に一躍を浴びた斉藤佑樹のハンカチ王子から「○○王子」と付くものが流行りました。そして不二家に始まり、ミートホープや赤福、船場吉兆などで相次いで食品偽装が発覚し、世の中の食に対する不信感が強まった年でもありました。また、柳原可奈子やにしおかすみこ、小島よしおなどの芸人が流行したり、クイズヘキサゴンの番組からおバカタレントとなるおバカキャラで羞恥心やPaboが大ブレークしました。 |
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| 無修正規制歴史に関して |
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こうして、あった出来事と並べてみるとどのような時代にどんなAVが流行り、どんな修正が行われてきたのかとってもわかりやすいですね。結構早い段階から大手メーカーではビデ倫を脱退し、新たなる組織に加盟するセルメーカーなどは多く見受けられると思います。また、調べていくと、以前販売されていたAVの中には、なかなか手に入らなくなってしまったものもあるようで、かなり希少価値が高いものが多いこともわかりました。そしてそれだけ多くのファンの心を掴み、現在まで受け継がれていると言うことでしょう。今は、セルDVDのようなものですと薄消しやデジ消しのようなものが主流となってきているようですが、ネットの世界では、無修正や丸見えなどの言葉が数多く溢れています。修正してるような動画や画像をなるべくなら見たくない。もしくは、見てもいいけど無修正が見たい!と言った感じなのでしょうか。しかし、今は無修正もDVDなどでの購入等は、あまりないにしても見られるようになったのですから良い時代になってきたといってもいいんじゃないでしょうか。無修正にしろそうじゃないにしても、AVに関しましては、需要が途切れることはありませんよね。だから常日頃、多くの新作が登場し、新たなるAV女優が誕生すうわけです。たぶんこのAV黄金時代はずっと続くと思います。
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